対馬のカワウソについて

2017年、ニュースの後で調査などしているがカワウソの情報は昔から多い。また、警戒心が強いかと思えば、昼間でも見たと言う方も珍しくない。カワウソだけでなく河童と接した話なども聞かれる。これまで、カワウソの話しは伏せていたが、おかしな情報もあるので今回公にすることにした。
昔は五島や壱岐にもカワウソが生息していたようだが、時代の流れについて行けずいなくなったと考えられる。対馬のカワウソも先ではそうなるやも知れないが、環境など考えた保護をしてやればまだ間に合うと考えられる。

1-1a  2017,10,01日、自動カメラに写ったツシマカワウソ

1-2a  同

1-3a  同じ夜の動画からの映像。

1-4a  2017,11,27日、此のころはカメラが水没した後で1コマだけ撮れていた。

2-1a  2017,09,09日、3日から調査を始め9日、最初に見つけた糞。(韓国の糞と比べるとあまりにも小さく何の糞か暫く考えていたが臭いからすぐわかった)

2-2a  2017,01,12日、この前にも糞は見付けていたが魚の骨とウロコが入っているのがよくわかのでこちらを使用。

2-3a  2018,09,08日、撮影。佐護川でも一部の場所に棲息するカワアナゴ(地元の方でも知らない人が多い)

2-4a  真上から見たカワアナゴ。自分は小学生のころから見て知っていた。

2-5a  佐護川のアユ。河川改修も工事のやり方によっては浅くなりアユもいなくなるだろう。

2-6a  佐護川のアユ

3-1a  2017,09,03日撮影、この川の近くで生まれ育った海老名君、11年前、中学3年生のとき二人で泳ぎに来てこの場所でカワウソを見たと話す。先生に話すも話にならず。

3-2a  1997年?中二か三年のころ同級生二人と学校帰りに、この場所から3匹のカワウソを見るも何か知らずビーバーを見たと友達に話していたと話す春日亀氏。

3-3a  大石氏の自宅からこの場所は数百m上流になる。今では川に水も無く子供の頃の面影はないが岸の上は自分の畑になり、この上から飛び込んでいたと話す。岸には巣穴があり手前から穴に逃げ込み先から逃げたと話す。大石氏の先輩になる方も見ていた。

3-4a  子供の頃、福島さんがカワウソを見たと言う現場に行き話を聞いた。戦時中、1944年頃、福島さんのすぐ後ろに疎開小屋があり前の溝で炊事の準備などしているとカワウソが数匹来たと話された。小屋は小さくカワウソが歩いて来るのが足音で分かったと話された。同じような話は他でも聞いた。本屋はこの下流になるが疎開するまでカワウソの存在は知らなかったとのこと。当時13歳で福島さんの弟になる方も覚えていた。

3-5a  この頃までは子供たちは先生に連れられ川で泳いでいた。

3-6a  2017年、厳原町久和の川。津之江さんの子供さんが体調の悪いカワウソの後ろからこの上流について行ったと言う場所に案内してもらっているもの。津之江さんと話していると余間にいたお婆ちゃんが昔河口の所でカワウソを見たと話された。

3-7a  2018年、知人の奥さんに10年にはならないが、この穴にカワウソが逃げ込んだと聞いた岩穴。上対馬町の海岸で人もあまり行けない場所だった。

3-8a  2000,11月、仲間と韓国での痕跡調査。その後も2年続けて調査に行く。

4-1a  佐護川の河口になる湊の集落。

4-2a 佐護川

4-3a  佐護川

4-4a  佐護川

4-5a  佐護川

5-1a 1990年5~6月、この場所で写真のように雨が降っているとき校長先生の奥さんが2匹のカワウソが泳ぐのを見付け目が合ったと聞いた。その後、調査に通ったことが有る。

5-2a 2017,11月、地元でカワウソを撮影したことで、約30年前に調査に行った場所に痕跡でも無いか行って見た。

5-3a 探していると水門の鉄板の上にこれまで見たことのない2匹分の足跡が着いていた。見た限りでは、カワウソが丘に上がったものの、イノシカの防護柵が邪魔になりこの場所から飛び込んだものと考えられた。

5-4a 知人の阿比留氏に状況を説明したことで従弟同士になる阿比留氏二人が防護柵を移
動してくれているもの。どちらの親父さんも元、校長さんで一人の校長先生は豊玉町でカワウソを見て新聞社の方に話すも写真がなく・・・この周囲で見られた奥さんとは兄妹になられる。